『間違っても大丈夫』教師の言葉の意図と自分への許可


先生から質問されたとき、問題を出されたとき。

  • ちゃんとやらなきゃ

  • 間違えたらどうしよう

  • ちゃんとできないと恥ずかしい

こういう気持ちってどの場面でもありますね。

授業中

講習中

レッスン中

などなど

本当にどこにでも。

学んで成長して知識を増やす中で、一度どこかで

「この考え方で合ってる」

「これが答えって知ってる」

っていうような自信が持てたら、答える怖さも少し薄れてくるものでもありますが、

自信が持てないまではやはり「間違えたらどうしよう」に飲み込まれてしまうのかもしれません。

ですがずっとそのままでは、教わる・勉強することにストレスが溜まり、

日々がしんどくなる可能性も。

そんな中でも、教える側は『間違っても大丈夫だから答えてみて』と言います。

そう言われたって緊張しちゃう・・・

そもそも、教える側が質問する意図は何でしょう?

レッスンも授業も講習とかも、やり方・考え方を教えている場なので、

生徒が間違えることがあって当たり前と思っています。

完璧な答えを求めていません。

良い悪いを判断したいのではないんですね。

私が思うに知りたいのは

  • 理解度がどこまで進んでるか

  • どう考えてるか

これらを知りたくて質問してるものじゃないでしょうか。

私はそう思います。

質問をして返ってくるその答えを聞いてから、提供する情報・提供の仕方を考えたいわけで。

むしろ何も考えずにパッと出てきた素直な言葉が欲しいし嬉しいものだと思います。

それによって、生徒側の理解に向けて教え方を臨機応変に変えていけるので、

生徒にとっては理解が深まるチャンスに。


教える側にとっては、手探りで大まかに進めるところから、より突っ込んで伝えるべき情報が掴める

双方にとってwin-win。

だから、『間違っても大丈夫だから答えてみて』という言葉が出るんじゃないかと思うわけです。

この言葉の裏に隠れている想いを付け足して表すとこんな感じになりますかね。

『間違ったら正しい答えと、それを導き出す方法を、言葉を変えたりしながらあなたが理解ができるまで説明するよ。

だから間違っても大丈夫。むしろ歓迎する。だから何も恐れずに思ったことをそのまま言ってみて』

教える側がこんな風に思ってくれているのだとしたら、緊張は薄れるんじゃないでしょうか。

そして、もうひとつ大事な点 それは


自分が自分に対して『間違えてもいいよ』と許可すること。 私は今ある勉強の最中で、毎週課題を出され、それには締切があるのですが、 先生は「期限があるが遅れても構わない」 と仰りました。 その言葉を聞いたとき、 「ふーん、そうか。分かった。」 と思ったけど、 「いやいや、それでも私はやるぞ。」 と、締切ギリギリでも課題を出していました。 でも、だんだんストレスが… それから、 「締切過ぎてもいいや!できる時にやろう!」 と、「期限内にやらねば」が頭にこびりついていたものから、自分に許可を出してあげると、 課題に対してのストレスが軽減し、課題の内容についてゆっくりじっくり考えられるようになったのです。 自分を許す というのが本当に大事だと思いました。 質問や問題を出されたときも、 「自分は間違えても良い」 と、許可してあげることで答えやすくなり、 1番自分のために良いと思うのです。

完璧じゃなくて良いんです。


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フルート奏者

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(楽器不問)

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