他人にどう聴こえているのかが気になる

〈自分の演奏が他人にどう聴こえているのか〉 気になるのは私だけではないはず・・・ ですが、この想いこそが残念ながら演奏の邪魔になるということに数年前に気づきました。





5年ほど前、私がとある先生のアレクサンダーのグループレッスンを受けたときのこと。 音は出ているけど、何かが物足りないように感じていました。 でもそれが何なのかさっぱりわからず、「どう聴こえてますか?」と先生・私の他に参加している生徒さんたちに向かって言ったとき、先生から 『他人の意見は関係ありません。あなたはどうしたいのですか?』 と言われ、戸惑いました。 そんな風に考えたこともなかったぐらい、その頃の私は「他人にどう聴こえているのか」に囚われ、執着していたからです。 それからは、「自分はどう演奏したいんだろう」「この曲で何を表現したいんだろう」と考えることが増えていきました。不慣れなうちは先生に導いてもらいながら。 そうする中で、感じていた物足りなさは「自分の心のままに演奏できない物足りなさ」だったのだと気づきました。




〈自分の演奏が他人にどう聴こえているのか〉

考えるうちに、他人に判断を委ね、自分の演奏を自分の耳で聴いて判断することを放棄したことで、自分の演奏が迷走してしまっていたのでした。 演奏するのは自分ですから誰かの希望に添うことを追い求めるよりも、自分がどうしたいのかが最も重要です。 もちろん、不慣れなうちは『他人の目(視点)』を利用することも大切ですよね。 「教わる」とはそういうことなんだろうと思います。 この段階では「他人の目」を通して自分の演奏を客観視し、そこから演奏をブラッシュアップすることを学びます。そうして「自分の目」を養っていけるのではないでしょうか。 それでも他人がどうしても気になる場合は、『自分の演奏が他人にどう聴こえたいのか』『自分の演奏で他人に何を伝えたいのか』と考えると、他人のことを考えつつも結局は自分の望みに依ることができるんじゃないかなと思います。


「汚い(と自分が感じている)音は鳴らしたくない」や「こういう音は嫌だ」とか、「美しい(と自分が感じている)音を鳴らしたい」や「この音が好き」とか、自分の好みは絶対ありますよね。 そういう好き嫌いを取っ掛かりにしてでも、《私は何を望んでいるのか》というのを明確にすることは、自分の行動・動きそのものをハッキリさせる大事な一歩です。 『自分にしかできない演奏』『自分だからこそできる演奏』『自分がしたい演奏』を探求したいものです。



↓書いているのはこの人↓

泉山 民衣

​Tae Izumiya

兵庫県在住、サクソフォン奏者・アレクサンダー・テクニーク教師。昭和音楽大学卒業。

顎関節症、腱鞘炎になったことから、自身の身体の使い方に原因があるのではと考え、2016年からアレクサンダー・テクニーク(自分の使い方。心身のメソッド)を学び、教師資格を取得。

身体について多く誤解していたことを知り、自身の意図で動きが変わり、痛みや不調、日常から演奏まで幅広いパフォーマンスが想像以上に改善することを身をもって体感しています。

↓小さくても優秀な相棒↓

ジョニー

​Johnny

体長:88センチ

体重:1.5キロ

等身大の1/2サイズのミニ骨格模型。

ジョニーは脊椎は動かせませんが、各関節が以下の様に可動できるので、骨格の形状や、各関節の動きの確認のために活躍中。

  • 下顎:上下に開閉

  • 肩関節:屈曲/伸展,内転/外転

  • 肘関節:屈曲/伸展

  • 前腕:回外/回内

  • 手:背屈/掌屈

  • 股:屈曲/伸展,内転/外転

  • 膝:屈曲/伸展

  • 足:背屈/底屈